水中花火

双極II型。なんとか命の炎を守っています。疲れた。。

カナリアの眠るとき

 最近知ったことと伝えたいことを少しまとめて新たな考えも付け足してみます。前に書いたのと重なっちゃう部分もあるかも知れないですけど許してたも。

 

 カナリアっていう鳥の名を,小さい頃に母の子守歌で知りました。僕は幼稚園の頃,悪夢を見て目が覚めたら必ず隣で寝ている母親を起こして子守歌を歌ってもらっていました。

 この前読んだ記事によれば,人には信頼感がとても大切なんだそうです。小さい頃から親に愛情を注がれて育つことによって,自分は存在していても良いのだという信頼,誰かに必要とされているという信頼を形成していくようです。そして,もし自死を選ぼうとしたときに引き戻してくれるのがその信頼感なのだそうです。

 この前も書いたけど,最も身近な人:家族が信頼できない。でも,家族よりも友達に信頼感を寄せています。ところが僕には絶対的な信頼感というものが無い。人を信頼していないわけではけっしてないのですが,他者との関係が夢みたいでなんか現実感が無いんです。僕は自分は価値の無い存在だと信じているのでこんな自分と仲良くしてくれる他者を疑ってしまいます。悲しい。サポーターと実際に会わなければ現実に存在すると信じられないんですよね。。それは声だけでもいい。

 それに最近大人から裏切られたので,人を信頼するのがさらに難しくなっちゃいました。俺は精神疾患希死念慮が強いし,毎日死にたいし,過去に自殺しようとしたことあるし,知っている人を自殺で亡くしてる。そして,基本的信頼感が無い。死ぬリスクがまたひとつ高くなりました。

 でも,これも何度も書きますけど,俺は自分をサポートしてくれる人が周りからいなくならない限りはたぶん死なない。

 今は半年後に死のうとしている(死をゴールに設定しないと生きられないのです)けど,その時にもサポーターがいれなたぶん死なずに済む。なので大好きな大切な人たちを大切にします。いつも助けてくれてありがとね。。どうか俺を見捨てないで...